対話はさ……難しい相手を選ばなくてもいいんだよ。
対話できそうな人から、順に手を伸ばしたらいい。
何事も、できる範囲から手を広げるのがいい。対話の難しい相手だけ見て「対話は困難だ」と言うのはやめようよ。
カラバコ☮たぬきのたからばこ
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たぬきのたからばこの中には、たくさんのゼロが詰まっている。
曲がり成りの左翼/フェミニスト/広告デザイナ/積読は知の引き出し/おにぎり/積む天界民/任天堂すき/Apple愛憎
pronouns Mx./Ze/Zem/Zir
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高市氏は弱者やマイノリティの権利を抹消しようとしてるけど。批判はより良い社会のための創造的な行為だけど、権利の抹消は国家によるネグレクトであり、命の問題に直結する。
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今、人権概念も理解しない、為替の概念も理解しない、戦争すると実際にどうなるかと言うことも理解しない、そう言う人をトップに抱くような国になってしまった。
こうなると小銭を惜しんで損をするどころではない。ただ見栄を張るためだけに他人の命をリスクに晒すような状況が起きてくるだろう(経済的な問題で言えばすでに起きている)。
日本の与党が「反共」に走るのはまあわかるんだよ。かつては、共産主義国には言論の自由も人権擁護も全然十分じゃないというような「プロパガンダ」があった(実際たりてなかったという事実もあるんだが)。だとしたら、人権の擁護というのがもっと称揚されて然るべきと思うんだが、実際には日本の与党は、どうにかして人権概念を縮小させたいという方向にばかり進んでいた。なぜそうなったのか。
百人一首の覚え方、と検索すると、大体競技かるたの決まり字と取り札の対応などの覚え方のレクチャーが検索結果に並ぶんだけど、純粋に歌100首を覚えたいなあと思う人はどうしているんだろう。
カーリングの漫画が始まっていたのか。これは追いかけたい。

コミックDAYS
まがりなりの春 - 伊波日和 / 第1話 春、出会う | コミックDAYS
花崗春、中学1年生。転校をくり返してきた彼女の“特技”は、どんな場所でも、どんな人とも、それなりに...
高市自民が選挙で勝ってしまってはそういう方向性には絶対にならないのだけど、日本には、ミドルパワー連合への参加を通じて、「平和外交こそ利益をうむパワーである」というメッセージを広げてほしいんだ。商売上手で稼いだんだ、ではなく、平和な関係の上で信頼関係を作ることこそ、利益の源泉なのだという、これからの国際関係の基軸となるべき価値観を広めてほしい。奪うのではなく、共に利益を生み出す国際関係を主張してほしい。日本が国際世論で活躍できるとしたら、ここにあるはずなんだ。
長年鉄砲玉議員をやって、失言自体が仕事みたいなことをやってた人に総裁を任せようと言う政党がまずおかしい。
失言で人気を稼ぐ議員がどれほど危険か、真剣に周知していく必要がある。
高市氏の選挙への向き合い方は、広告にはたくさんの金をかけ露出だけは豊富だが、質問に答えることは徹底的に避けると言う不誠実なもの。議論を含めた誠実な情報開示なくして「政権選択」の正当化はあり得ない。


京都新聞デジタル
社説:統一教会と自民 首相は関係を説明せよ|京都新聞デジタル 京都・滋賀のニュースサイト
政治をゆがめる関係を示す新たな疑惑が相次ぐのに、口をつぐんだままなのか。 世界平和統一家庭連合(旧...
三島のふりかけシリーズ、「しげき」もなかなか良い。ワサビふりかけなんだがいい感じに辛い。
なぜスーパー等にあまり並ばないのか不思議でならない。
政権選択の選挙だ、と言って(社会の混乱を顧みずに)無謀なタイミングで解散したのに、広告で一方的に告知するばかりでまともに議論に参加しようとせず、政権選択に必要な情報開示が全く足りないのは、不誠実だし、職務遂行能力の欠如も強く感じる。高市氏を支持することもできないし、高市氏を推す政治家も信用できない。社会を維持する能力が足りないとしか見えない。
横井軍平氏が手がけた商品だけあって、遊びのクオリティ自体は高いのよ。あと、せっかくだから密かに3D対応バージョンがあったルイージマンション(GC)も配信してほしい。


CNET Japan
任天堂の最新「バーチャルボーイ」を先行体験、控え目に言って最高だった--2月17日発売
日本では2月17日に発売予定のスイッチ2用アクセサリー「バーチャルボーイ for Nintendo Switch 2/Nintendo Switch」を先...
対話を重視すると言うのは、別に「怒っちゃいけない」ではないし、「批判しちゃいけない」ではないし、「対話を打ち切ってはいけない」でもない。
しちゃいけない(と私が思う)のは、相手を人として尊重しないような扱い方をすること。相手を知ろうとしないこと。
世界中に、似ているけれど互換性のない(交雑不可能な)動物がいるのと同じように、ソフトウェアも似ているけれど互換性のないものがたくさんあって良いのではと思う。
(「ゆかり」で有名な)三島の「鮭ひろし」がすげえ美味くて好きなんだが(と言ってもふりかけ・混ぜご飯の素の類だから超絶美味いという話ではない。庶民的な、ささやかな日常の食事の楽しみとしての「すげえ美味い」である)、近所で売ってるところがほとんどなくて悲しんでいる。
対話は、難しいよ。対話は、そもそも難しい。難しいことをやらなきゃならないのだと思う。
これがマジで「信仰」だと思うのは、信じることを貫けなくて申し訳ない、できなくて辛い、と感じる瞬間があることだ。おそらく、神とは、こういう時に詫びる先として設定されているのだと思う。
でも自分は神を信じないのでね。絶対に神になんか詫びてやらないし、神に赦しを乞うこともしない。
罪を犯す人はいるし、救いようも無い人もきっといるのだろう。悪意に塗れて手に負えない人もいるだろう。それでも、総体としての人間は、愛すべき賢さと優しさを持っているのだと信じる。その賢さと優しさで今まで生き延びてきたのだと信じる。信じることに、こないだ決めたのだ。これは信仰の告白だ。私は人間という種の賢さと優しさを信じる。それはか細いものかもしれないが、いろんなものに負けて挫けることの多い力かもしれないが、今まで人類が生き延びるために大いに役立った力なのだと信じる。
無力さに挫けそうになることは度々ある。人間の醜さに呆れることは度々ある。だけど、私は、根本的には、人間を信じたいと思っている。時間がかかるけれども、時に後退することもあるけれども、正しさに向かって進んでいける生物だと信じている。
手の届くところから、声の届くところから。
共通する思いがちゃんとあるんだから、そこをとっかかりに「話を聞いてもらえる」ようになりたいと思っている。話を聞いてもらえるようになるまでが、多分一番大変で、話を聞いてもらえるような関係を作れたら、我々の間で共通する目標はなんなのか、という話ができるはず。